あっちから移動した文章

年末から今まで生きてきたことを考えてる。
成人したからといって、他人から今までいえなかった出来事をあれこれ言われ、なんて馬鹿だったんだろうと思うこともあったが、失敗学失敗学~ということで、結果、後悔してない。
ただ、卒業して母校をのぞきにいくことが多くなり、母校にことがすきなのではないかと錯覚を覚えていたが、それは違うことは分かった。思い出したくないことばかり。後悔ないけど!ね!ふふん!12~18歳の時は、周りをひきつける力はなかった。あんな自分に人が寄り付くわけない。思い返すだけで怖い。いまは、ずいぶん開放的になったもんだ。いつわってばっかで吐き気がする。高三になったら先生に「いきがってすみません」とか言えるようになった。はは。高校生の時の、応援ソングは世田谷ボーイズの「制服ガール」この歌には励まされた。もう高校生には戻れない~戻りたくない。老けて年と経験を重ねるのみ。懐古趣味はない。で、生きてこうって。さ。ま、いっか。そんなことは。


それと、加川良の「下宿屋」


両者ともに、全身からあふれだす表現力に震えた。いまも震える。フォークって。。ワー!ライブハウスにいくと、一人で活動したり表現してもだえてる人がいるけどステージっていいなと思う。自分がのぼりたいってことはないが、場所があるっていい。それがあるから生きてる人がいるから。
毎週木曜は、自宅から徒歩10分のムサコーで、横浜市単位を相互に交換する制度利用で受講した。後期は、ムサコいって、佐藤真久先生の授業を聞けた、こんな近くにいい先生いるとは。来年度もムサコーにかよう。近いはいい。
先週より何日か前には、同窓会があった。幼稚園の同窓会という聞いたこと無い、異例の同窓会があった。園バスに乗った。乗ったことないから懐かしくはない。非日常体験。結局、幼稚園前のマンションに住む人が多く集まった。友達できた。
16日の朝、目覚めて、衝動的に!いかなきゃ!と思い震え立ってスタタタと乃木坂まで電車を走られた(のっただけ)。で、独立展という、前衛書家が多い展覧会。新美に。でかい!疲れた。出品者のお弟子さんや家族、知人、書道関係者が多くみにくる。書道展覧会なんてだいたいそうだ。おばさんが多い。書道に限らないだろうが、展示している作品を大きな声で「ここが、こう!!もっと!」とか話さないでいいよ。おばさん。言い訳したり、弟子の作品を添削するなら出品前にお願いします。bjorkを聞きながらサクサク見てきた。私の目指しているのはこれじゃない。新しいことよりも臨書臨書臨書の人間。ガンバ
愛を感じるんですが、、向かいのウォーキング仲間のおばさんが成人祝いにケーキくれたり、向かいな娘になかなかここまでできないでしょ。泣けた。幼稚園児が「せいじんおめでとう」の手紙くれたり、いいおとなになってねなりますなります。友達がメッセージ、カードくれたり、センスいい。書道のお友達が励ましてくれたり、しかってくれたり、教えてくれたり。愛を感じてる。いいことばかり日記にかく。そのうちこの日記も削除されるだろう。気まぐれだから。うれしいことがないと加速できないないない。
これから、小学生相手の学童補助の先生のバイト。はじめて半年。小学生はこっちに慣れたみたい。憎たらしいこともあるがかわいいもんだ。膝の上にのっかってくる。わがままや突っかかってくるのを受け止めよう。一緒に図鑑をみているときが幸せ。サカナって面白い顔~エンドレス鬼ごっこの鬼をやらされてるときは、もぉイヤー。
夜は、稽古。今年の9月末あたりは、二年に一度の丁卯書道会の展覧会。詳細は後日。題材探しの毎日。
昨晩、大学をうろついていたら、以前いた書道部の石坂先生に遭遇。「ちょと来なさい」と呼ばれ書道部活動場所へ連れ込まれ「新しい君と同じ学年の子がはいった。君はひとりが寂しくてやめたんだろ、復帰しないかどうかどうか」と一時間先生の小話に付き合う。結局、でなくてもいいから入ることに。部室に書道道具おきたいし大学で練習したかったからまあいいか。今年の大学学園祭は出品する。石坂先生とはどうも波長が合わない。正直、苦手だが上手に付き合っていこう。それと、寂しくて辞めるわけねーだろと言い返してみたかった。さっそく後悔。大学の書道部は先生は立派かもしれんが、部員は少ない。5人くらい?お菓子食べてばっかり。なまぬる~~い空気。おでんみたいな。おでんだったら私はちくわぶがいいな。
2/3-2/6台湾いくので携帯不通。連絡とれないのでよろしくお願いします。
今年もよろしく^^ヨーロッパまで届いてますか?
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by neco_gv | 2009-02-08 14:17 | 我、、